進撃の巨人 ネタバレ 結末 考察 巨人キャラクター 1期 – Final 映画 アニメ
“絶望の壁を越え、圧倒的スケールで描き出すアクションエンターテインメント――この世紀の問題作『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』は、世界中に圧倒的なインパクトを放ちました。2015年、人気漫画『進撃の巨人』(原作:諫山創)の実写映画化作品としてスクリーンに登場した本作は、「人が食われる世界」という独自のダーク・ファンタジー世界観を徹底したリアリズムとハリウッド顔負けのVFXで表現することで、国内外のファン双方から反響を呼びました。 ストーリーは、人類が巨人から逃れるために築いた三重の壁の中で暮らす少年エレン・イェーガーを中心に展開。彼は巨人襲来によって母を失い、仲間とともに自由を求めて“壁の外”への反撃を誓います。主人公たちが生死を賭けて繰り広げるバトルや、巨人と人間の深い謎、エモーショナルな成長ドラマが圧倒的な映像美とともに描かれます。 音楽は澤野弘之が担当し、重厚かつ壮大なサウンドで世界観に更なる臨場感を与え、アクションシークエンスも演出の樋口真嗣監督ならではのスペクタクルに仕上がっています。三浦春馬、水原希子ら豪華キャスト陣がキャラクターの心情を繊細に表現し、日本映画最高峰のVFXチームによる巨人の質感や戦闘シーンは圧巻です。 映画は前編・後編の2部構成。原作のエッセンスを活かしつつ、独自の物語展開や設定の大胆な変更も施されており、オリジナリティあふれる実写版『進撃の巨人』として高い話題性を獲得しました。 世界観、アクション、CG技術、演出、どれを取っても日本映画の新しい到達点と評価される本作。自らの運命と向き合い、絶望の中に希望の光を見つけようとする若者たちの姿が胸に刺さる、前人未到のエンターテインメントです。” 『進撃の巨人』巨人の種類まとめ 『進撃の巨人』における巨人化能力者は、強い目的意識を持ち、身体に傷を与えることで巨人へ変身する特殊な能力を持つ者です。この能力を持てるのは最大9人であり、巨人化後の自我や知性の維持には修練が必要です。巨人化に必要な力は「九つの巨人」を中心に継承されてきました。 進撃の巨人 監督 樋口真嗣 フィルモグラフィ 樋口真嗣監督は日本VFX界の第一人者であり、実写特撮映画・CGアクションの名匠です。『ローレライ』や『日本沈没』など邦画大作を手掛け、『シン・ゴジラ』(2016年)はその演出力とダイナミックな映像美が高く評価されました。樋口監督はCGIと実写の融合、巨大感演出のスペシャリストとして知られ、進撃の巨人ではVFXを駆使した巨人表現と、日本的フィルターで再解釈した極限状況描写で新境地を切り開きました。製作時には、難易度の高いロケ地選定やキャストの身体訓練など、新しい挑戦を数多く重ねたといいます。 代表作:『ローレライ』(2005年)、『日本沈没』(2006年)、『巨神兵東京に現る』(2012年/特撮短編)、『進撃の巨人』シリーズ、『シン・ゴジラ』(2016年) 進撃の巨人 あらすじ 2000年前、エルディア部族にはユミルという奴隷の少女がいました。少女はぬれぎぬを着せられて逃走していたところ、不思議な木の中に隠れ、そこにある水たまりに落ちてしまい、そこで不思議な脊髄と結合し、ユミルは最初の巨人になります。 巨人となったユミルの力を知ったエルディアの族長フリッツは、ユミルと結婚し、彼女の力を使って未来帝国を侵略します。そして2人の間にはロゼ、マリア、シーナの3人の娘が生まれます。しかし、未来王国の暗殺部隊がフリッツ王を暗殺しようとすると、ユミルは自らの命でそれを阻止し、死んでしまいます。 フリッツ王は娘たちにユミルの遺体を食べさせ、巨人の力は3人の娘によって引き継がれます。エルディアは未来王国を含めて世界を統一し、フリッツ王は巨人の血を使って戦闘一族「アッカーマン一族」を作り出します。 時が流れ、エルディア帝国は世界を支配しますが、巨人の力は9つの巨人に分かれ、巨人の力を持つ9家による巨人大戦が始まります。同族同士の殺し合いが繰り返される中、フリッツ王は過ちに気づき、マーレ王国に敗れたふりをして、タイバー家や自分に従うエルディア人とともにパラディ島へ移住することを選びます。 一方、エルディアに残った者たちは再びマーレと戦い、タイバー家はマーレ軍に合流します。7つの巨人とマーレ王国の血戦はマーレ帝国の勝利で終わり、大陸に平和が訪れたかと思われましたが…… フリッツ王はマーレ帝国から民を守るため巨大な壁を築き、その壁にユミルの3人の娘の名をつけて「ウォール・シーナ」「ウォール・ローゼ」「ウォール・マリア」と呼びます。そして「不戦の契り」により、始祖の巨人が戦争に使用されるのを防ぎます。 この誓約によって、巨人を操れる「座標の能力」はフリッツ王家の血を引く者のみに許される特権となります。そしてフリッツ王家の血統を守るため、王城を放棄し「レイス家」として新たに家名を変えます。一方、大陸側のエルディア人は自分たちを見捨てたフリッツ王を呪い、始祖ユミルは「悪魔の力を持つ存在」として世間に認識されるようになります。 780年、路上を彷徨っていた少女はユミルを信仰する秘密宗教団体により、「始祖ユミルの生まれ変わり」として生活することになります。しかし785年、マーレ王国に発見され、偽ユミルはパラディ島送りの罰を言い渡され、無知性巨人となってしまいます。 そのままパラディ島の外で60年間さまようことになりますが…… 817年、グリシャ・イェーガーは弟フェイ・イェーガーと収容区から抜け出し、マーレ兵エレン・クルーガーおよびグロスに捕まってしまいます。グリシャは自らの罪で処罰されるつもりでしたが、結果的に弟フェイは冷たい遺体で再会することに。これ以降、マーレ帝国に対する強い憎しみを抱き、エルディア帝国復活のために動き出します。 グリシャは大陸に残る王家の末裔ダイナ・フリッツと結婚し、息子ジーク・イェーガーを授かります。エルディア復興を望むグリシャは、息子ジークを厳しく訓練しますが、ジークはマーレ政府に両親を告発し、グリシャとダイナ、そして復権派の仲間たちはパラディ島送りとなり、無知性巨人になる運命へと追いやられます。 そのとき、ダイナは無知性巨人となり、グリシャの前にエレン・クルーガーが現れて巨人化し、グリシャをマーレ兵から救い出します。エレン・クルーガーは、自らが「進撃の巨人」の保有者であり、巨人の力を継いでから13年で死ぬ「ユミルの呪い」が迫っていることを明かします。 そしてグリシャに「進撃の巨人」を継承させ、「始祖の巨人を必ず奪還せよ」と命じます…… その後、グリシャはパラディ島に到達し、シナ地区にてカルラと結婚して「エレン・イェーガー」が誕生します。一方843年、マーレ帝国は新しい戦士候補生に5つの巨人の力を継承させます。女型の巨人はアニ・レオンハート、超大型巨人はベルトルト・フーバー、鎧の巨人はライナー・ブラウン、顎の巨人はマルセル・ガリアード、車力の巨人はピーク・フィンガーにそれぞれ受け継がれます。そして彼らに「始祖の巨人を必ず奪還せよ」という命令が下ります。 獣の巨人ジークと車力の巨人ピークを除く4人はパラディ島へ向かいます。しかし作戦前、マルセルが巨人に襲われて死亡し、顎の巨人の力は失われます。仲間を失った3人は作戦を一旦中断し、再び「始祖の巨人」奪取作戦へと動き出します。 そして失われた顎の巨人の力は、意外にも無知性巨人として彷徨っていた「ユミル」に継承されます…… 進撃の巨人 結末 考察 エレンは自ら悪魔となり世界の平和を望み、アルミンはその意志を受け入れ、最終的にミカサの手で死を選ぶことになります。エレンが「地鳴らし」を起こした理由については様々な解釈がありますが、一般的には自ら悪役を演じることを選んだという見方が大勢です。個人的には、万悪の根源たる「大地の悪魔」を自ら抑えることができなかったため、悪魔となったのだと考えます。 巨人の力を持った「大地の悪魔」を封印することだけが唯一の答えであることを、宿主となった後に悟ったエレンが、稀代の悪魔となることで世界を敵に回したのだと思います。つまり、「九つの巨人」と超人たちがすべて力を合わせなければならないほど、「大地の悪魔」の力が強大だったということです。 そのため人類大虐殺という展開も、その強大さを示すためのものだったと考えます。エレンはアベンジャーズのサノスのような役割を自ら引き受けたように思えます。ただし、漫画『進撃の巨人』ファイナルの結末では「大地の悪魔」の描写があまりにも少なかったことが議論を呼んだのだと思います。 (ただし、人類の80%を殺害するという設定はやややりすぎだったという評価もあります。50%程度でも十分だったのでは…) ユミルはフリッツを愛して身代わりとなり死を迎えますが、彼女の愛は2,000年もの間、束縛となってしまいます。なぜユミルがフリッツを愛したのかも謎ですが、奴隷の少女として濡れ衣を着せられ非人間的な扱いを受けていたユミルを、初めて必要としたのがフリッツだったからではないかと思われます。「世界中で自分を求めてくれるのはあなただけだ」という設定なのでしょう。 ミカサの結婚相手がジャンという点も賛否両論です。エレンの最後の遺言が「自分を忘れて生きてほしい」というものだったため、別の男性と結婚したのだと考えられます。しかし、最期には再びエレンのもとへ(=死)向かうことが匂わされ、ハッピーエンドに見せかけていると解釈されます。 これまでの台詞を見ると、ミカサはエレンの遺志を受け入れ、逆にミカサが強く悲しんでいたら、エレンも悪役を演じきれなかったのではないかと思います。ただし劇中でその心情が短く描写された点は個人的にも物足りなさを感じます。物語の規模に比べてページ数の制約があったとのことです。 進撃の巨人レビュー 進撃の巨人1期の頃、諫山創先生の人気は本当に凄まじいものでした。それに比べると、個人的には物語が「竜頭蛇尾(ようとうだび)」になってしまったと感じます。進撃の巨人に対するレビューや反応を見ても賛否が分かれますが、共通して「2009年に連載を開始した当時と比べるとやや物足りない」という評価が多いようです。 『進撃の巨人 The Final Season』は、天地転移や九つの巨人の死闘が描かれますが、139話で大地の悪魔の宿主となったエレンが思ったよりもあっけなく死んでしまいます。肝心のエレンは死んだのに大地の悪魔はそのまま残り、オープンエンドのまま急ぎ足で終わった印象が強いです。まるでワールドカップ決勝が没収試合で終わったような感覚で、残念に思います。